時代読解コラム

網岡健司「地域進化論」を考える 〜持続可能なまちづくりのビジョン、ミッション、パッション〜 第六話

  • 2019年04月02日
LINEで送る
Pocket

前回に引き続き、地域社会の進化に関するモノサシについて考えてみたいと思います。

今回のテーマは、「新国富論」。
「GDPでは測ることのできない本当の豊かさは何か」という問いに対して、フローだけではなく、ストックを考慮した新たなモノサシ「新国富指標 (Inclusive Wealth Index)」により、将来世代に引き継ぐ富、持続可能なあり方を探ろうとする「論」です。
前回紹介した北九州発の「ストック型社会」(「価値あるものを造って大切に長く使う社会」)の理念とも相通じる考え方です。

「新国富指標」は、ノーベル経済学賞受賞者の故ケネス・アロー氏(米)ら現代経済学の権威である面々が国連を巻き込み推進した「富の計測プロジェクト」を起点とした研究の成果によるもので、このプロジェクトの代表を務める九州大学大学院教授の馬奈木 俊介氏らがとりまとめた報告書「新国富レポート(Inclusive Wealth Report:包括的な豊かさに関する報告書)」は、2012年の「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」での公開に続き、順次更新、公刊され(最新版は2018年)、その有用性は国際的に認められるところとなっています。
特に、2015年に国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」では定められた様々なゴールやターゲットを達成するために経済・環境・社会の各分野にわたる様々な取り組みの成果、価値の評価が必要であることから、これらを総合的に評価する指標の研究が進められてきましたが、その中心的な役割を期待されているのが、この「新国富指標」です。

「新国富指標は、現代経済の持続可能性を評価するために作られた指標であり、現在を生きる我々、そして将来の世代が得るであろう福祉を生み出す、社会が保有する富の金銭的価値を指す。」としています。(「新国富論」 岩波書店 馬奈木氏他著より)
また、「ここでいう「福祉」とは、英語ではwell-beingと表記され、人が享受する幸福のことです。そして、この福祉は一定の期間内の成果で測られるフローの特徴をもっており、その点ではGDPと共通している。他方で、「社会が保有する富」とはストックの特徴を持っており、新国富と呼ぶ資本の総称として計測可能である。そのため、新国富指標の定義は、我々の豊かさを生み出す資本の価値と言い換えることができるだろう。」とも述べています。(出典:同上)

すなわち、新国富指標は、経済活動のフローを計測するGDPでは、将来にわたっての経済の持続可能性を毀損するような自然資源や人的資本などのストックの減耗を把握できないことを補完しようとするもので、富を構成する資本として「人工資本」(住宅、工場、機械、公共資本等)に、「人的資本」(教育、健康)と「自然資本」)(農地、森林、漁業、石油、ガス、鉱物資源等)を加えています。
これらの3つの資本群が生産活動に供されることでフロー(毎年の福祉=well-being)を生み出している、というわけです。

新国富指標は、上記の個別の資本群を足し合わせた上で、最終的に気候変動による被害、原油価格の上昇、資源貿易、二酸化炭素排出等などの要素の調整を行うことで得ることができ、前述の「新国富報告書」では、各国の指標の推計および分析結果が示されていますが、国別だけでなく自治体単位で算出することも可能です。(同氏がセンター長を務める九州大学都市研究センターでは、市町村単位での新国富の値を公表しています。http://www.managi-lab.com

従って、新国富指標は、国際機関や各国政府などによるSDGsへの取り組みのモノサシとしてのグローバルな課題解決への活用だけでなく、我が国の地方自治体等の「地方創生」における政策的な投資の判断や過去の施策の評価など、ローカルな課題解決への活用も大いに期待されるところであり、実際、いくつかの自治体では具体的導入が始まっている、とのことです。
そして、課題先進国である我が国の各地域での取り組みの成果や知見・ノウハウを、本指標を通じてわかりやすく、アジア、アフリカや欧米諸国にシェアしていくことで、日本の地方創生が世界のSDGsへの貢献につながっていくという可能性にも注目してきたいと思います。

さて、初回のコラムから、地域の進化に関するいくつかの「論」を駆け足で紹介してきました。
次回からは少しゆっくりと、筆者が四半世紀以上関わってきた北九州市(特に八幡東田地区)における、工業都市から環境都市そして創造都市へのまちの変遷を具体に辿りながら、地域社会の進化そして持続可能なまちづくりのビジョン、ミッション、パッションについて一緒に考えていきたいと思います。

【参考文献】
・「新国富論」 馬奈木 俊介、池田 真也、中村 寛樹 著  岩波書店発行
・「新国富レポート2018」
https://www.unenvironment.org/resources/report/inclusive-wealth-report-2018

網岡 健司

株式会社エックス都市研究所参与
名古屋大学大学院工学部原子核工学科修了
新日本製鐵株式会社(現 新日鐵住金株式会社)に入社し、八幡製鐵所配属。同社のスペースワールド班に参加、以降一貫して北九州市八幡東田地区の都市再開発事業などの地域開発に携わる。
北九州市特区専門官、参与ならびに北九州市立大学院特任教授等を歴任(非常勤)、産官学一体の立場から持続可能なまちづくり推進の一環として社会変革を促す地域プロジェクトを企画・プロデュース。「情報の港」北九州e-PORT構想やエネルギー革命をもたらす東田コジェネ事業、「環境パスポート事業」、スマートコミュニティ実証事業、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録など数々のプロジェクトを手掛けている。
NPO法人里山を考える会理事、北九州市立大学大学院マネジメント学科特任教授「地域プロジェクト論」担当、九州国際大学大学院特任教授「地域政策論担当」

一覧に戻る